思い出はいつまでも美しく 10年ぶりにすれ違った元彼女
書店に入ろうとした時、網走向陽高校の制服を着た女子がちょうど出てくる所だった。とすれ違った一瞬、彼女の横顔が目に入った。0.1秒ほどのほんの一瞬。だけどその一瞬で充分だった。由香子ちゃんだった。彼女と最後に会ってから10年は経っていた。だけど彼女は昔と同じ、おさげの髪形をしていた。
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最初の彼女
オレの最初の彼女って誰だったんだろうって考える。オレの最初の彼女といえるのは、やっぱり小学校2年生の時に仲良くしていた由香子ちゃんだったと思う。別に告白もなにもしていなかったけど、学校帰りによく二人で歩いて帰った。
いや、彼女の家はオレの家とは正反対の方向に有った。だけども家に帰っても誰も居ないことから由香子ちゃんは、しょっちゅうおばあちゃんの家で午後の時間を過ごしていた。そのおばあちゃんの家がオレの家のすぐそばだった。だから自然とオレと一緒に帰る事が多くなった。オレも鍵っ子だったんで、遠慮なくその由香子ちゃんのおばあちゃんの所に寄ったものだ。
由香子ちゃんは丸顔で、ちょっと垂れ目、おさげのよく似合う女の子だった。実はその当時オレが好きだった子は別の子で、面長のちょっと目尻の上がった子。本当に仲良くしたかったのはその子だったんだが、一番親しくしていたのは由香子ちゃん。今思えば、彼女はオレの事が気に入っていたんだろうな。でも、そんな事にはちっとも気がつかなかったよ。
決 闘!
ある日の給食の時、隣に座る由香子ちゃんが「私人参が嫌いなの」と言っていた。その日のメニューはクリームシチューだった。シチュー中にはジャガイモと人参が沢山入っていた。由香子ちゃんは、その人参が嫌いで食べられないと言う。
「カッチン食べてくれるよね」と言いうやいなや、彼女は彼女の口がついたスプーンでその人参をオレのスープ皿に入れたのだ。今はそうでもないんだけど、その頃のオレはとっても神経質で、人の箸やスプーンが触れたものを食べるのは絶対に嫌だった。それがたとえ母親でも。そんな訳で、由香子ちゃんの口が触れたスプーンで掬った人参なんか食べたくない。
「嫌だ」「食べなさい」「嫌だ」「食べなさい」。そんな押し問答をしばらく繰り返していたら、由香子ちゃんは突然宣言した。
「アボちゃん、カッチンをやっつけて。決闘よ」と。
アボちゃんはオレの斜め前に座っている、ちょっとひょろっとした、ぼーっとした男子。突然由香子ちゃんから、オレとの決闘を宣告されたものだから、2人ともポカーン開いた口が塞がらない。
「え、決闘?」
「そう、決闘よ。カッチンが私の言うことを聞かないから、やっつけてアボちゃん。放課後ジャングルジムで決闘よ」
何の関係もないアボちゃんが、オレと決闘するは目になってしまった。アボちゃんには、オレと戦う理由が全く無い。オレだってアボちゃんと戦う理由が無い。何だかよくわからないままに、放課後に2人で決闘する事になってしまった。
両者やる氣無しの決闘
さて放課後。ジャングルジムに3人は集合した。何で戦わなければならないのかよくわからない2人だった。だが由香子ちゃんに云われるまま決闘を開始したのだ。
アボちゃんにパンチなんかしたくないから、オレはまずジャングルジムに登り、とにかく逃げる作戦で行く事にした。オレはひたすら逃げる。アボちゃんもやる気はないけど、由香子ちゃんの手前、オレを追いかける振りをする。
たまに捕まって押し合いへし合いするものの、すぐにお互い離れて、また追いかけっこ。アボちゃんの目には明らかに、なんでこんな事をしなければならないの? という悲哀がにじみ出ていた。明らかに戦う気のない2人が、やる気もなくだらだらと逃げつ、追いつしているものだから、由香子ちゃんも呆れたんだろう。
「もう良いよ。」それで決闘は終わりになった。オレとアボちゃんお互い顔を見合わせて、ホッとした。
その後3人仲良く、由香子ちゃんのおばあちゃんの家に遊びに行った。おやつが美味しかったなぁ。今でもそのおばあちゃんの家は、同じ場所にある。もう長らく誰も住んでいない廃屋だ。犬との散歩でその家の前を通りかかるたびに、子供の時の事を思い出す。
そんな決闘事件があったけれども、由香子ちゃんとはその後も仲良くしていた。でも別れは突然にやって来た。小学2年生の終り頃だったと思う。親の仕事の都合で彼女は網走に転校する事になった。由香子ちゃんとはそれっきり。手紙をやりとるするわけでも、年賀状の交換をするわけでもなく、ぷっつりと音信は途切れてしまった。
10年後の再会
それから10年の月日が流れ、オレは網走の高校に進学した。オレの高校は網走市の東の丘陵にあって街から一寸離れている。3時に授業が終っても、帰りの汽車は4時半なので時間が有り余っている。だから毎日学校から2〜3km離れた網走駅まで歩いていたものだ。もちろん途中商店街を通過するので、書店やレコード店をプラリと寄っては時間を潰すのが日課だった。
そんな代わり映えのしないいつもの夕方、商店街のど真ん中にある大きな本屋、フジヤ書店に入ろうとしたら、ちょうど出てこようとしていた網走向陽高校の女子とすれ違った。顔を見たのはほんの一瞬だった。けれど一瞬で充分だった。
由香子ちゃんだった。最後に会ってから10年が経っていた。でも昔と同じおさげの髪形をしていた。その横には当時流行っていた、ちょいツッパリルックの彼氏らしい男の子の姿があった。
10年ぶりに見る彼女は元気そうだった。あの頃と変わらないおさげ髪で、寄りそう影がボクじゃないだけ。それで充分だった。
Where have they been?
今でもおさげの女の子とすれ違う度に、ついつい由香子ちゃんじゃないかって思ってしまう。同い年だから、もうすっかりオバサンになっているのにね。でも遠い昔に別れてしまった君たちは、オレの中ではいつまでもその時の姿のままなんだよ。
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