ラブラドール犬・カーシャ最後の7日間 後編
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2021年4月25日
この日はオレの三叉神経痛が痛みすぎで、特別な日だと云うのに特別悲惨な一日を過ごす。そんな事で写真は1枚も撮っていなかった。
カーシャは1日の大半を寝て過ごしている。もう、「散歩に出掛けよう」と誘っても立ち上がってくれなくなった。
早朝に布団に入ってきたカーシャを抱いてあげると、体温がとても低い。いつものあの優しい温かさが無くなっていた。そしてカーシャの体が本当に骨張ってきた。
そんな冷えた体だと云うのに、何故か寒い西の部屋の隅っこで寝たがるのは何故なんだろう? トイレなどに行く時は、数歩歩いては立ち止まって休み、そして数歩歩きやっと目的地に到達する。ところがなんの加減なのか、突然いつも通りにのしのしと歩く時もあるのが面白い。
一日中寝てばかりのカーシャ。羨ましげに外を眺めていることがある。散歩に行けなくても、オレが抱っこして家の周りを歩いてあげれば、外に行けるじゃないか。
そんな事で、朝、晩とカーシャを抱っこしてあげて、家の周りを歩いてあげる。やはりカーシャは外が気になっていたようだ。しきりと匂いを嗅いでいる。骨張ったカーシャの体の軽さに、オレはとても驚く。もう体重を量る必要はないだろう。
2021年4月26日
カーシャは夜明け前に何度もオレの布団の中に入って来た。カーシャの体は冷え切っている。冬の寒い時には、オレがカーシャの体温で暖まったものだ。今度はオレがカーシャの冷えた体を暖めてあげる番だった。少しでもカーシャの命の炎が燃えるように、オレも一生懸命カーシャを暖めてあげる。
前日ぐらいからカーシャの呼吸は荒くなってきた。犬は口呼吸をしないはずだが、呼吸の度にカーシャは頬を膨らませ「ポ、フー」と息を吐き出す。その規則的な音は、人工呼吸器か、ダースベーダーの呼吸音のようだった。一日中そんな呼吸をしている。
そして心臓の鼓動はあきらかに弱くなってしまった。抱いてあげるカーシャの体はもう骨しかない。肉なんか何も感じられない。弾力も何にも感じられない。夜明け前カーシャはドアの前の敷物の上で蹲って寝ていた。
そんな寒い所に居たらかわいそうにと思うのだが。オレは三叉神経痛が痛いので、起きてカーシャを布団に連れてこれない。
深夜に「ポ、フー。ポ、フー」と呼吸音だけが部屋に響く。呼吸音が途絶えると、死んだんじゃないのか! とドキドキして、オレまで眠れなくなる。
2021年4月27日
今日も朝と晩、カーシャを抱いて庭を1周してあげる。カーシャを抱いて歩いていると、やはり目をきょろきょろとさせて、自分の縄張りをしっかりと確認している。
土の感触を味わいたいだろうと、地面に下ろしてあげる。するといつもの様に、不審者が侵入していないかマズルを地面に近付けて匂いを嗅いでいる。これはもう本能なんだろうな。こんな状態になっても、確認せずにはいられないのだ。時間にしてわずか数分の事なのだが、それでもカーシャは満足してくれただろうか。
もうカーシャは水を自分では飲めないと思っていた。だがこの日の夜、突然水のみの場所までカーシャは歩いていった。そして水のみに顔を突っ込むようにして、自ら水を飲みだした。この5日ほどスポイトでようやっと水を飲んでいたのに、この時は水差し2杯分の水を一気飲みした。
1度にこんなに沢山の水を飲んで大丈夫なのか? と思っていたら、案の定その直ぐ後に吐いてしまった。だが飲んだ量より遥かにに少ない粘液だった。体が乾いているから、水は直ぐに吸収されてしまったのだろう。
2021年4月28日
朝、カーシャはオレが起床した後の布団の上でずっと寝そべっていた。相変わらず息は荒い。口から「ポ、フー、ポ、フー」と息をしている。口を使わなければもう息もできないのだろうか。寝室の窓を開けてあげると、外の匂いが部屋に入り込んでくるのだろう。カーシャはマズルを窓に向け、匂いを嗅ごうとしていた。
もうカーシャにはほとんど体力なんか残っていないだろう。ろくに食事だって食べていないのだ。そんな状態なのに、時々立ち上がり、すたすたと部屋を歩き回れるのが不思議だ。カーシャのどこにそんな力が残っているのだろう。
妻がお昼の用意をしていると、カーシャはソファーの寝そべったまま、料理をしているのをただぼーっと見ていたそうだ。
オレがお昼に帰宅して、ソファーの上のカーシャに声をかける。すると尻尾をかるく数度上下させた。立ち上がれはしないが、喜びを表現していた。
昼食後再び職場に出かける前に、念入りに頭をなでてあげる。目は開けているが、あまり物を捉えていないように思えた。目の前で手のひらをひらひらさせてみるものの、見えているようには思えない。意識がもうろうとしているようだ。顔が随分と白く感じるのは気のせいだろうか?
夕方16時30分すぎ、妻から会社に電話が入る。嫌な予感がした。妻は「カーシャの様態がおかしい」という。すぐさまオレは会社を後にして、家に向かった。
玄関に入り、部屋の戸を開けると、妻は泣いていた。「間に合わなかった。カーシャは死んじゃった」と。ドアの直ぐ前でカーシャは横たわったまま身動きもしない。その傍らには親父も来ていた。
妻からカーシャの最後の様子を聞く。カーシャは最初サンルームにいたそうだ。サンルームではいつものように、クッションの上に両足を置いて、外を監視していた。たぶんオレの帰りを待っていたのだと思う。
サンルームにあまり長くいると熱過ぎると思い、妻はカーシャを部屋に連れ戻した。すると今度は居間と玄関の間のドア前に敷いてあるラグに横たわって寝ていた。また立ち上がろうとしたので、妻はカーシャをトイレに連れて行った。が足腰が立たず、トイレのトレイの上にへたばってしまった。もうそんなに体力が残っていなかったのだ。
その後ストーブ横のラグに横になっていたと思ったら、また立ち上がろうとする。落ち着きのない犬だ。こんどは台所に行くという。妻はカーシャを支えてあげて、台所に連れてゆく。今度は台所の床に暫く寝そべり、妻の作業をぼんやりと見ていた。
その後今度は玄関に行きたがる。時刻は16時20分過ぎ。オレの帰宅はもうすぐの時刻だ。だけども妻はカーシャを玄関には連れて行かず、室内の玄関へのドアの前のラグに寝かせることにした。
妻はサンルームで洗濯物を取り込んでいた。その時部屋の中から、バタンという音が聞こえてきた。「ハッ」として、すぐさまカーシャを探す。すると玄関ドアの前のラグの上で、カーシャは後ろ足は伏せの体勢になっているのに、体の前部だけ横倒しになっていた。口からはだらりとベロが出でいた。また立ち上がろうとして、力尽きて、最後を迎えたようだ。
妻はカーシャの元に駆けつけて、呼吸を確認する。止まっていた。妻は「カーシャ!、カーシャ!」と呼びかけながら、頭から背中をなでて上げていると、なんと息を吹き返した。ごくゆっくりと数回、胸が上下する。
カーシャが再び息をし出したのを確認して、妻は急いでオレに電話をよかした。が、その後すぐ、カーシャの呼吸は再び止まってしまった。それがカーシャの呼吸だった。
カーシャは最後の最後まで、いつものように玄関前でオレの帰宅を待とうとして、そして力尽きて虹の橋を渡ってしまった。
4月28日。桜の木の蕾がピンク色に変わり、もう開花寸前だった。今年もいつもの年同様、カーシャと一緒に花見が出来ると思っていたのに、開花は間に合わなかった。
オレは動かなくなったカーシャを抱えて、妻、父の三人で、家の周りを1周した。力が抜け、ぐったりと動かなくなったカーシャの体は、とても軽かった。隣の敷地に生えている桜の木に、一輪の咲きかけた桜の蕾があった。その蕾をカーシャに見せてあげる。これが本当にカーシャとの最後の散歩になってしまった。
カーシャは西の娯楽室にタオルを敷いて安置した。
その夜、久々にTVを見た。オレ達がTVを見ている時は、いつもカーシャはそばにやってきて寝そべっていた。カーシャ最後の晩も、いつもの夜のように過ごした。
翌日の夕方、カーシャは我が庭に埋葬した。そしてカーシャのお墓はバラの園になった。
※カーシャ最後の7日間とタイトルに掲げたのに、8日間の間違いでした。まあ、いいか。
ここまで読んで頂きありがとうございました。記事をシェアしていただけたら有難いです。 東倉カララ
これをアップするのはお辛いことだったと思います。
最後まで頑張ったカーシャちゃんをここに残せば、ここでのカーシャちゃんは永遠ですよね。
そして読んだ誰かのためになる。
その「誰か」の中でもカーシャちゃんは生きていく事になりますね。
カーシャちゃんが残してくれたこと。
東倉カララさんと奥様がしてきたこと。
忘れずにいますね。
傷と思っていたものが別の病気の可能性もあるのだということも忘れずにいます。
Kuroさんこんにちは。書いていると、その時の感情が蘇りますね。書いておかないと、記憶はどんどん薄れて、書き換えられて行くので、書き遺して良かったと思います。最後の最後までかわいかったカーシャ。笑顔をありがとう。