9月の雨 路外転落事故であやうく虹の橋を渡る所だった

虹の橋
19歳であやうく虹の橋を渡る所だった

初めて交通事故にあう 19歳の秋

高校卒業後、オレは自宅で浪人生活を送っていた。宅浪生活を一言で表すならヒマ。4月以降は同級生は進学もしくは予備校、就職で、斜里には親しい奴なんか誰もいなくなってしまった。

そんな殆ど誰とも会わない生活を数ヶ月過ごしたある日、買い物に行くため街を歩いていると車のクラクションに呼び止められた。正美だった。

正美は9歳からの友達で、お互い違う高校に進学したけれども付き合いはずっと途切れず続いていた。高校卒業前からしばらく連絡を取っていなかったので、この時は数ヶ月ぶりの再会だった。正美は内地に就職したものの2ヶ月ほどで辞めて、北海道にに帰ったと云う。

正美が突然夜中に遊びに来る

正美も斜里には親しくしていた奴がいなかったため、それからオレのところに度々遊びにやって来るようになった。突然夜中に奴が車でやってきては、1〜2時間あちこち斜里周辺を車で走り回るなんていう、青春の無駄遣いばかりしていた。オレも浪人という肩身の狭い身分もあって、なんだか社会から取り残されたもの同士みたいな気分だ。

そんな9月のある日。その日は酷い土砂降りの日だったが、夕方に正美がやってきた。ちょっと隣町の親戚のところに行くから、一緒に来ないかという。バケツをひっくり返した様な雨の中、正美の運転で40kmも離れたその隣町の郊外にある集落に向かう。正美の親戚の家でしばらく時間を潰した後再び斜里に向かった。時間はもう21時を超えていた。

北海道の特徴としては、集落を過ぎるとあとは畑だったり山間地だったりで、人家がまったくない荒野みたいな地域になってしまう。荒野にポツンポツンと集落があるイメージだ。そんな人気の無い山間地を正美の運転で走っていた。

事故の瞬間、世界はスローモーションに

ゆるいカーブにさしかかる時、路面がトラクターがまき散らした畑の土が長くスジを伸ばして汚れているのが目に入った。車のスピードはさほど出ていない。たぶん時速70km程度だったと思う。

その汚い道路が嫌だなと思った瞬間、車の後輪がスリップしだした。後輪がスイングするように大きく振られる。車は完全にスピンし、2回、3回と路面を回った。ダッシュボード上の小銭が、チャリン、チャリンと車の左右のフレームに触れて音を立てていた。

その音は、ちゃーりーーんー、ちゃーーーりーーんと酷く間延びして聞こえた。目には小銭がダッシュボード上を飛んでいるのが映った。とてもゆっくりと。

たぶんスピンしていたのはほんの数秒間の事だったろう。が、それはとても長い時間に思えた。車はガードレールを倒しながら路外に転落した。オレは横目で正美の頭がハンドルに打ち付けられ、跳ね返るのを見た。オレは、自分は生きているのかな、そいて正美は死んじまったのかなと、そんな思いがまず頭に浮かんだ。

正美はハンドルに頭をうずめたままピクとも動かない。そのまましばらく、といってもきっと10秒もない時間だったろう。車内には誰も動くものが無かった。激しく降る雨の音と、カーステレオの聖飢魔Ⅱの歌が響いている。「お前も蝋人形にしてやろうか!」とデーモン小暮が叫ぶ。


やがて正美が頭を上げ、お互いに大丈夫かと声を掛けあう。二人とも何一つ怪我はなかった。

そのまま黙っていても仕方がない。オレ達2人は何とか路外から転落した車を引き上げてもらうために、通りがかる車が来ないものかと待っていた。時間は22時過ぎ。一番近い集落から10kmは離れた山間地。土砂降りの中、通りかかる車をひたすら待ち続けた。その時に太田裕美の歌を聴いていた訳ではないのに、彼女の「9月の雨」を思い出していた。冷たい9月の雨に濡れた19歳の少年2人。

トラクターで車を引き上げてもらう

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この事故の時、実は正美は仮免中だった。つまり無免許で事故を起した訳だ。車は親の車だった。その後きっと奴は車の運転を禁止されたんだろう。その事故の後奴は、オレの所に来なくなった。次に再会したのはその2年後の夏だった。

そんな正美は2017年の3月に鬼籍に入ってしまった。あの事故では死ななかったが、心筋拡張症で50歳を前にしてこの世を去って行った

歌と感情は強く結びついている。9月に激しく雨が降る度に、震えながら通りがかる車をじっと待つオレと正美を思い出す。太田裕美あの歌を頭の中で歌いながら。9月の雨は何故か、実際よりもとても冷たく感じる。

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私の記事をソーシャルメディア等でシェアしていただければありがたいです。 東倉カララ

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